2020年01月01日

京都名庭100選

【大原】 三千院実光院宝泉院勝林院来迎院瑠璃光院
【洛北】 貴船神社詩仙堂圓光寺曼殊院金福寺蓮華寺実相院、、妙満寺圓通寺
      真如堂
【北山】 大徳寺瑞峯院大仙院芳春院黄梅院総見院高桐院龍源院
      源光庵光悦寺しょうざん光悦芸術村
      金閣寺龍安寺仁和寺法金剛院等持院正伝寺神光院原谷苑常照寺
      妙心寺大心院退蔵院大法院桂春院
【洛中】 京都御所拾翠亭二条城神泉苑廬山寺宝鏡寺本法寺妙蓮寺
      東本願寺渉成園東寺観智院
【洛東】 銀閣寺白沙村荘法然院安楽寺霊鑑寺南禅寺南禅院天授庵金地院
      永観堂平安神宮無鄰庵洛翠庭園光雲寺白河院 
【東山】 知恩院青蓮院長楽寺円山公園庭園高台寺圓徳院建仁寺両足院清水寺成就院
      智積院 
【嵐山】 天龍寺弘源寺宝巖院宝筐院二尊院常寂光寺大河内山荘祇王寺滝口寺
      厭離庵直指庵高山寺大覚寺梅宮大社平岡八幡宮宗蓮寺鹿王院
【洛西】 松尾大社勝持寺善峰寺大原野神社十輪寺正法寺
      粟生光明寺楊谷寺桂離宮    
【洛南】 東福寺光明院龍吟庵即宗院天得院芬陀院普門院霊雲院泉涌寺
      城南宮御香宮神社
【山科】 醍醐寺三宝院勧修寺毘沙門堂随心院


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2010年11月27日

光雲寺(洛東)

光雲寺(こううんじ) (洛東)

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「光雲寺」(11月20日〜12月5日公開)は、徳川秀忠と江(ごう)姫の娘で、家康の孫娘になりますが、後水尾天皇の中宮となって朝廷と幕府を結びつけた東福門院和子(まさこ)の菩提寺で、南禅寺北ノ坊とも呼ばれ、南禅寺の境外塔頭で、南禅寺禅センターになっています。

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庭園は、荒廃した江戸時代の名園を、昭和になって小川治兵衛が作り変え、それを更にこの2年がかりで修復して今回特別公開したもので、疏水の水を引き入れて池とし、遠くの東山と近くの哲学の道の紅葉や桜を借景とした素晴らしい池泉式庭園になっています。
やはり、先ほどの円山公園の庭園と同様な雰囲気を感じますが、ただ違うところは、東福門院ゆかりの品々や、加藤清正が寄進したというメノウの手水鉢など歴史の重みが感じられることです。
加藤清正が寄進したという品物は、先日訪ねた大徳寺・黄梅院の朝鮮灯籠や、総見院の掘りぬき井戸でも出てきましたが、桂離宮の灯篭や高台寺の表門、山科・本国寺の山門など秀吉に関係するいたる所に出てきており、清正の出世術というものがよく分かります。本国寺の山門をくぐると出世すると言われていますが、すでに遅しです。

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2010年11月26日

円山公園庭園(東山)

円山公園庭園(まるやまこうえんていえん) (東山)

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「円山公園」はもともと八坂神社や長楽寺、安養寺、双林寺の境内だった場所を、明治になって公園として整備したもので、この地が、安養寺の山号「慈円山(じえんさん)」にちなみ円山(まるやま)と呼ばれていたことから名づけられたそうです。

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有名な「しだれの夜桜」にかくれて見落としがちになりますが、ここには近代日本庭園の開拓者である「植治・小川治兵衛」作庭の池泉回遊式庭園があります。東山から流れ落ちる滝口からゆるやかに曲折した小川に紅葉が被さって渓谷のような風情を醸し出し、流れ込んだ瓢箪池には、鴨やアヒルが悠然と泳いでいます。桜も良し、紅葉も良し、の街の公共の公園が立派な庭園になっているのはさすが京都です。

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ちょっと分かりにくいですが、公園の奥まったところには、近くの霊山護国神社にお墓があるからかどうか分かりませんが、高知県人会が建てたという「坂本龍馬と中岡慎太郎像」もあります。

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2010年11月25日

長楽寺(東山)

長楽寺(ちょうらくじ) (東山)

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「長楽寺」(10月20日〜11月30日公開)は、平安時代に天台宗開祖最澄により開かれたお寺で、ここで修行した西行法師や、平家が敗れて建礼門院徳子がここで出家したことから、平家物語ゆかりの寺とも言われています。昔から洛中随一絶景の霊地として名所であったらしく、江戸後期の頼山陽もしばしばここを訪れ、遺言により墓まで作られています。

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庭園は、室町時代に相阿弥が足利義政の命で銀閣寺の庭を作るとき試作的に作ったと伝えられ、東山を借景として、山から湧き出る滝水のまわりにクズやススキ、カヤなどが一面に茂り、特に紅葉のこの時期には素晴らしい景観になっています。また、大晦日の除夜の鐘は全国に中継放送されたこともある名鐘で、京の祇園の由来となっている「祇園精舎の鐘」と重なります。

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「安養寺(あんようじ)」は、平安時代に最澄が創建し、法然上人が草庵を結び、のちの鎌倉時代に慈円僧正が来て安養寺となったもので、入り口には法然上人ゆかりの吉水の井のある吉水弁財天があります。

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「双林寺(そうりんじ)」も、最澄の創建で、「東大谷廟の造営にあたり寺領を献上し、明治になり円山公園の設営のためさらに多くの寺領を上地し、今は僅かに本堂と飛地境内にある西行堂を残すだけとなりました。」とあります。
また、近くには法然上人の弟子で、安養寺で修行していた親鸞の墓所である「大谷祖廟(おおたにそびょう)」・東大谷廟があります。

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2010年11月21日

宗蓮寺(嵐山)

宗蓮寺(そうれんじ) (嵐山)

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「宗蓮寺」(拝観自由)は、高山寺から更に北に入るので訪れる人も殆どいませんが、北山杉に囲まれたひっそりした室町時代に創建されたという山寺です。

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ここの魅力は、北山杉と四季折々の花々のコラボレーションです。最も華やかな時期は10月の秋明菊ですが、春の桜、秋の紅葉も素晴らしい。
秋明菊はわずかに残骸が残っていただけでしたが、紅葉とすすきと北山杉の3ショットが、ここでしか見れない鄙びた秋の景色を演出していました。

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案内標識もなく人里離れた京都の山寺でしたが、十分に来た甲斐のあった古刹でした。

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2010年11月20日

平岡八幡宮(嵐山)

平岡八幡宮(ひらおかはちまんぐう) (嵐山)

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「平岡八幡宮」(9月17日〜11月30日公開)は、神護寺の守護神として弘法大師(空海)が平安初期に宇佐八幡を勧請し創建したもので、室町時代に焼失したときも足利義満が再建し紅葉狩りにも訪れたといいます。

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「花の天井」は、江戸末期に神殿天井に44種の花が描かれたものですが、「花の御所」に住んでいた花好きの義光の時に描かれていたとの説もあって、強引に結びつけたい気持ちも分からぬではない。
また椿が有名で、樹齢200年の紅椿や白玉椿伝説の白椿など約200種の椿もありますが、蕾がいっぱいの中にわずかに顔を出しているものもありました。

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2010年11月19日

大徳寺・総見院(北山)

大徳寺・総見院(そうけんいん) (北山)

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「総見院(そうけんいん)」(10/9〜12/5公開)は、織田信長の菩提を弔うため豊臣秀吉が建立したお寺です。墓地には、信長一族の墓が建ち並びます。
庭園は、特に名前のついたものはありませんが、秀吉の大徳寺大茶会はここで催されたというくらい茶の湯とは深い関わりがあり、3つの立派な茶室に似合った庭です。特に創建当時からの鐘楼と鐘や今でも茶の湯に使っているという掘り抜き井戸、千利休から譲り受けたという樹齢四百年の侘助椿が歴史を物語っています。

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2010年11月18日

大徳寺・黄梅院(北山)

大徳寺・黄梅院(おうばいいん) (北山)

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「黄梅院(おうばいいん)」(10/9〜12/5公開)は、織田信長が父の追善菩提のために建立したお寺です。

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庭園は、本堂前に「破頭庭(はとうてい)」、本堂北側に「作仏庭(さぶつてい)」、書院前に千利休が作ったという「直中庭(じきちゅうてい)」と3つの枯山水があります。
破頭庭は白砂と苔と二つの岩があるだけのシンプルなもの、作仏庭は破頭庭と連なって生々流転を表現したもの、直中庭は苔一面の中に秀吉希望の瓢箪型枯池を配したモスグリーンの美しい庭です。

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「破頭庭(はとうてい)」
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「作仏庭(さぶつてい)」
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2010年11月17日

大徳寺・芳春院(北山)

大徳寺・芳春院(ほうしゅんいん) (北山)

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「芳春院」(11/10〜11/30公開)は、前田利家の夫人・まつ(芳春院)が建立した前田家の菩提寺です。

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庭園は、本堂前に拡がる枯山水の「花岸庭」(中根金作修復)と、金閣・銀閣・西本願寺飛雲閣と並び京都四閣と言われる「呑湖閣」(どんこかく)と一体となった池泉式の「楼閣山水庭園」(小堀遠州作)の二つがあります。
枯山水は大海の白砂と石組みの山や船で大自然をシンプルに表現し、大徳寺の広い境内と京都の高台に位置する利点を活かして、ビルや民家などが一切見えない広大な借景が一体となった雄大な庭園で、
池泉式は存在感が際立つ呑湖閣を中心に、池や橋や花木などがまとまった優雅な庭園です。
城南宮楽水苑や足立美術館などを作った中根金作作品と、仙洞御所や二条城二の丸庭園、南禅寺方丈庭園などの小堀遠州作品を一度に味わえるお寺です。

「花岸庭」(中根金作修復)
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「楼閣山水庭園」(小堀遠州作)
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2009年12月22日

桂離宮(洛西)

桂離宮(かつらりきゅう) (洛西)
泣きたくなるほど美しい「桂離宮」

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「桂離宮」は、江戸初期に半世紀にわたって作られた八条宮家(後に桂宮家)の別荘です。京都御所や仙洞御所、修学院離宮と共に宮内庁管理になっており、また建築家や庭園愛好家には特に人気が高いので、なかなか入るのは難しいですが、幸運にも「泣きたくなるほど美しい」(ブルーノ・タウト)経験を味わうことが出来ました。
ちょうど、この「京都名庭100選」も108選目となり、有終の美に相応しい名庭で締めくくりたいと思います。

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「桂離宮」は、専門家の間でも、「日本的な美しさで最高の水準」と言われているようですが、ここではあらためて、「日本の美」とは何か、について勉強させられます。
良く分かりませんが、いろいろな解釈を寄せ集めれば、「誇らしげな美よりも、慎ましやかなものに価値を置く美」ということでしょうか。
ドイツの煌びやかな宮殿を見て満腹になったことを思い出すと、「日本の居心地のよさ」にホッとします。
私の一番の関心事は、日本庭園の傑作と言われるくらい、日本古来の伝統を守りながら、一方で黄金分割比や遠近法を使ったり、当時高級輸入品だったビロードの織物を腰壁に使うなど、西洋の新しいものも積極的に取り入れていることです。
それでいて、中秋の観月が見やすい方角に月見台を作ったり、手水鉢に月を映したり、座って見えるように窓を低く、大きくしたり、「遊び心」もたっぷりの庭園です。

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御成門(表門)と御幸門
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御幸通
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私なりの鑑賞ポイントは次の5点。
@八条宮智仁親王は何故これだけのものを造ったか。
 智仁親王は、家康に冷遇されたために、徳川幕府に対抗する王朝文化の再興をめざして、自分の半生を捧げたということです。
A西洋の知識をどうやって知ったか。
 親王の妃はキリシタン大名である宮津藩主の娘であったためと言われています。ついでに、桂離宮には7つのキリシタン灯籠があるそうですが、息子の良尚親王が造った「曼殊院」には母から贈られた「キリシタン灯籠」があり、 「クルス灯籠」又は「曼殊院灯籠」と呼ばれています。
B離宮とは何か。
 皇居や王宮とは別に設けられた宮殿で、所謂別荘や皇太子などの住居。小規模のものは御用邸だそうです。現存する離宮は、桂離宮と修学院離宮の2つだけで、赤坂離宮や浜離宮、芝離宮、須磨離宮などは公園などになっています。ちなみに桂離宮の15年後に仙洞御所、その20年後に修学院離宮が、浜離宮も同時期に建てられています。
C庭園の作者は誰か。
 小堀遠州とされていましたが、遠州の下で働いた庭師という説が有力のようです。醍醐寺三宝院や圓徳院、南禅寺金地院などにも関わっています。
D石畳と橋が目立つ園内で説明される「真・行・草」とは何?
 元々は書道における漢字書体の真書(楷書)・行書・草書の総称で、茶道や華道、建築、庭園などいろんな分野で使われているそうで、「桂離宮」でも庭の石畳や竹垣だけでなく、建物の床・壁・天井などでもふんだんに使われています。例えば、御輿寄(書院の玄関)は、「真」の石畳。(切石のみの組み合わせ)外腰掛は、「行」の石畳(切石と自然石の組み合わせ)。笑意軒は、「草」の石畳(自然石ばかり)になっています。
日本の美意識の基本かも知れません。

外腰掛
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州浜と天橋立
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松琴亭(しょうきんてい)
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賞花亭(しょうかてい)
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園林堂(おんりんどう)
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笑意軒(しょういけん)
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竹の雨樋
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古書院、中書院、新御殿
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月波楼(げっぱろう)
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御輿寄(おこしよせ)
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中門
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